縣(あがた)神楽保存会

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【縣(あがた)神楽保存会】(会長:広瀬和男)

 延岡のことを古くは「縣」「吾田」「英多」(あがた)と言った。縣地方つまり延岡地方に伝わる神楽の総称が「縣神楽」(延岡神楽)です。

 戦後、若者の都会流出によって途絶えていましたが、昭和40年代になって、わずかに残っていた神楽指導者と、今山八幡宮などの尽力などによって徐々に復活していきました。

 現在、延岡神楽は伊福形(いがた)、大峡(おおかい)、尾崎、鹿狩瀬(かがせ)、大野、川坂の6地区の保存会が伝承につとめています。

 それぞれ練習メニューをこなしながら、地区の祭りや敬老会、郷土芸能大会、それに延岡市や日向市、門川町、諸塚村など県北の各神楽保存会が一堂に会する城山かぐらまつりなどで公演しています。城山かぐらまつりは、大分県や福岡県の神楽保存会も参加する神楽の一イベントになっています。

 延岡神楽は出雲神楽の流れを汲み、平安・鎌倉時代から受け継がれてきたと言われています。37番の舞いがありますが、師匠がいなかったり、舞う機会がなかったために失われたものもあります。

 しかし、祭りの神事のときだけ舞われていたこともあって、俗化されておらず、非常に洗練された特徴を持っています。

 面は高千穂神楽と異なり、能面の影響を受けていると言われています。能は江戸時代、延岡でしばしば演じられ、藩主も保護してきました。現在は「天下一薪能」として、毎年10月、延岡城址二の丸広場で催されています。

 また、高千穂神楽がグルグル回りながら舞うものが多いのに対し、延岡神楽は直線的なものが多く見られ、同じ宮崎県北でも、舞い方が異なります。

 「神楽は礼儀が大切。礼儀が基本です。舞うときは手の動かし方よりも、足さばきが大事です」と、城山神楽祭実行委員会の山崎洋一委員長。

 問題は後継者育成。どこの神楽保存会でも抱えている重要な問題です。子供たちに教えても、高校を卒業すると、多くは進学や就職で県外に出てしまう。里帰りしたときに舞うこともあるが、常時地元にいる人に伝承していく必要があるといいます。

 かといって、子供たちへの伝承を絶やすわけにはいかない。「ともかく、今ある神楽を次世代に残すことです。それには神楽の残っている地域で親子会の協力を得るなど、親たちの理解が大事になります。今の子供たちは部活動や習い事が多くて大変ですが、神楽のある地域に生まれたら、神楽をやるものだという意識があります。小、中学校も、ひところより協力してくれるようになりました」と、これからも山崎さんや広瀬さんらの地道な努力は続きます。